ニャン家族が増えました!眷属4ニャンと暮らすねこまた女の徒然です。
笠寺観音
2013年11月07日 (木) | 編集 |
笠寺観音に行ってきました
この写真だととってもいい感じに写っているんですが、
右手にある池はあんまり綺麗じゃなかった・・・・
コチラはいいお寺さんなんですがねぇ~。
何度も荒廃の憂き目に遭ったこともあり、少し残念な部分があります。
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元々は小松寺と言いましたが、玉照姫(たまてるひめ)の伝説に因んで、
名を笠覆寺(りゅうふくじ)と改めたそうです。
玉照姫は鳴海長者という者に仕えていました。
毎日こき使われる日々・・・・
そしてある雨の日、美しく心優しい彼女は
雨ざらしになっている観音様のために、
自分の被っていた笠を脱いで被せて差し上げたのです。
その美しい心が彼女に幸運をもたらしました。
彼女は都からやってきた中将 藤原兼平に見初められ、
その妻となったのです。
後にふたりはこの地にお堂を建て、件の観音様を安置しました。
寺紋の笠は玉照姫の故事に因んでいるのですね(^^)

【尾張四観音之一】の文字が見えますでしょうか?
尾張四観音というのは名古屋城から見て鬼門にあります。
鬼門を鎮護する社寺ということで、
尾張徳川家から厚く遇されていたようですよ。
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しかし、さすがは千年以上の歴史を持つお寺ですねぇ~。
右手にこんな面白いものがございました。
【新免武蔵守玄信之碑】とあります。
はい!あの宮本武蔵の碑があったんです。
因みに武蔵というのは通称、字(あざな)のようですね。
玄信(はるのぶ)というのが本名、つまり諱(いみな)だったみたい。
吉川英治さんの宮本武蔵を愛読していたけれど、全く知らなかった
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何故、この碑が笠寺観音にあるのか・・・・ちょいと調べました。
どうやら武蔵には尾張徳川家への仕官の話があったようですね。
結局仕官はかなわなかったのですが、しばらく滞在しました。
その滞在中の拠点となったのが、この笠寺近辺であったそうです。
この碑は武蔵の剣術の流れを汲む左右田邦俊という人物の門弟たちが、
武蔵の百年忌に建てました。正面を除く三方にはその経緯が
白文で刻まれているそうですが、残念ながら私の漢文の知識では、
よく分かりません

古い碑だけでは分かりにくいので、新たにこんな物も
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ところで武蔵の姓ですが、新免(しんめん)というのは、
新たな免田(納税免除の田地)から来ているんですかね?
新免氏はあの赤松氏の係累とも言われているそうですが、
どうなんでしょうか?多分、新たな研究成果があると思いますが、
ネットで調べているだけでは、最新の情報は?ですね。

姓と言えば武蔵の幼馴染 本井田又八・・・・
あれは【ほんいでんまたはち】と読むんですね。
長らく【ほんいだまたはち】だと思っていました
本井田氏も赤松氏の係累だそうです。
位田というのは五位以上の者へ班給された田地のことだそうです。
私は荘園制度にはまるで詳しくないのですが、
多分、本井田氏の方が元々位が高かったのでしょうね。

いろいろな面白い事実が分かるのも寺社めぐりの良さですね。
この日は接骨院の予約時間もあって、
じっくりいろいろ確認できなかったので、
また日を改めて笠寺観音に参るつもりです

そろそろ一冊目のご朱印帳がいっぱいになりそうです。
一冊目は特にこだわりなく、気ままに寺社めぐりをしたものですが、
二冊目からはちょっとテーマを設けるのも面白いかな?と思っています。
七福神をテーマにしたり、一宮をテーマにしたりも面白いですが、
私は猿田彦を主祭神とする神社をテーマにしたいと思っています。
全国でどのくらいあるのでしょうかね?
中部近辺には結構ありますが・・・・
おそらく猿田彦は元々中部地方に鎮座されていた神なのでしょうね。
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