愛知県民から岐阜県民になりました。現在、眷属4ニャンと離れて暮らしています。淋しいです。゚(゚´Д`゚)゚。
兄たちのこと
2017年12月07日 (木) | 編集 |
皆様、こんにちは。トマシーナです
昨晩久しぶりに従姉のK子ちゃんから電話をいただきました。
実はバタバタしていて、親戚へ結婚の連絡が遅れていました。
流石に入籍前にはお知らせしなければと思い、
風邪でゲホゲホしながら、ハガキをしたためたのです。
それを読んで連絡をくれました。

週末のパーティー、お互いの両親ときょうだいは出席ですが、
親戚は来ません。双方のバランスもありますので、
私もいとこたちに声は掛けませんでした。
例外は私の従兄ふたり、ふたりとも陸上関係者です。
でも、このふたりに声を掛けたのは、陸上関係者だったからではなく、
私の仙台時代(~10歳)を知っているふたりだからです。
私の親戚は名古屋近辺にいるのですが、
私は父イサナの仕事の関係で仙台で育ちました。
そして、父イサナの仙台赴任が長引いたのは、
夭折した次兄 実(まこと)の存在があったからです。
次兄は重症筋無力症で歩くことが出来ず、車椅子生活でした。
仙台には有名な肢体不自由児のための病院があり、
父は次兄のために仙台に居続けることを選びました。
そんな私たちのところへ、夏休みになると名古屋から
祖父と従兄ふたりがよく来てくれていたのです。
従兄ふたりは亡くなった次兄も見知っているという意味で、
私にとって別格で、実の兄のようにも思っています。
選手時代、ふたりがいい成績を出すと、とても嬉しかったですね
亡くなった次兄もふたりのことを、とても自慢に思っていました。
従兄は【指立て伏せをやってと、兄にせがまれては、
仕方なしにやってあげていましたね。懐かしい思い出です。
今、ふたりは後進の育成をそれぞれやっております。

11歳と10ヶ月で亡くなった次兄の実(まこと)です。
兄は剽軽な性格で、病棟でも人気者だったそうです。
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私はここ数年、自分の中の次兄の存在を強く感じるようになりました。
自分がココぞという時に頑張れるのは、常に兄と一緒だからかもしれない・・・・
本当に強い縁は生死さえも超越すると、昨年の講座で学びました。
その言葉を聞いた時、私と兄のことだと思いました。
スゴイですね
私には兄が4人もいるんだ

そう云えば、シゲさんに甘えん坊だって云われたけど、
4人も甘やかしてくれる兄がいたら、甘えん坊になるのも当然かな

私は4人の兄に見守られて嫁ぎます。
頼もしい兄たちに、ただただ感謝です

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