ニャン家族が増えました!眷属4ニャンと暮らすねこまた女の徒然です。
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かなわぬ思い~富士山敗退記録その6~
2014年09月18日 (木) | 編集 |
タイムリミットは刻々と近付いていた。
気が付いていたけれど、気付かぬ振りをし続けた。
腹部はビックリするぐらいに膨満していた。
2歩進んでは休む・・・・正に亀の歩みになっていた。
いや、むしろ亀に失礼なくらいに遅かった。
頭痛はかなりヒドかったけれど、私は歩き続けた。

てっぺんまで行くんだ。
絶対に行くんだ。


心の中の声に従い、黙々と歩み続けた。
こうなると苦行でしかない。
パーティーを率いるガイドは、明らかに私を気にしていた。
何とか元祖七合目まで辿り着く。
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本日の行程はあと300メートル弱、
何とかゆっくりなら辿り着けるはず
この考えをなかなか捨て去ることが出来なかった。
ガイドに高山病の症状が出ていることを申し入れる。
私に合わせていると他の参加者に迷惑が掛かるので、
私以外の方たちには先に行ってもらうことになる。
さあ、あとひと踏ん張りだ・・・・私は行く
歩き出した途端、いきなり吐き気がした。
私は嘔吐した・・・・
再び吐き気をもよおしたが、吐き出すものがなかった。

ガイドにリタイヤを促された。
でも、私は八合目まで行きたい
そう言い張った。

今回のパーティーは、人数の関係もあり2グループに分かれていた。
先行するグループを率いるガイドの野中さんに、
彼は何度も連絡を入れたり、山小屋の空き状況を調べたり大変そうだった。
私の傍に付いてくれていたガイドは、まだまだ若かった。

彼は明らかに困っている。
私のせいで困っている。
あちこちに連絡を入れたり、とても大変そうだ。


その様子を見ているうちに、私の心の中のモードが変わった。
先ほどまでの熱に浮かされたような柔軟性のない思考が停止し、
いつものような冷静な思考に取って代わった。

私は一体何をやっているのだろう。
Yちゃんを偲ぶ登山だから登頂にこだわったけれど、
こんな状態で登頂して何になるのだろう。
第一、ガイドを困らせるような私の所業を、
Yちゃんが喜ぶはずがない


そう思った瞬間、私やめるわ・・・・と私はつぶやいていた。

私の富士山は元祖七合目で終わった。
終わってからは慌しかった。
元祖七合目の山口山荘で宿泊手配をし、
ガイドから明日下りるルートをアドバイスされた。
五合目から水ヶ塚公園までのバスの時間も調べてくれた。
下山したら連絡してください、そう云って連絡先を渡してくれた。
彼は足早に去っていった。
先行するパーティーにすぐ追いつくだろう・・・・私はそう思った。

この元祖七合目でリタイヤしたのは、後から思うと正解だった。
山口山荘はそんなに混みあっていなかったから、
休んでいても比較的快適だった(あくまでも比較的ね
ただ何度も腰の痛みで起きたけどね
夕食のカレーは、やはりどうしても食べられなかった
山荘のスタッフにゴメンなさいをした。
私は平地でも山でも、余程のことがない限り食事を残さない。
戦中派の父母の薫陶による。
その私が残すというのは、実に大したことなのだ。
食事をしている時、私同様食べられない女性がいた。
彼女は子どもさん二人と、母親なのだろうか
年配の女性と一緒だった。
辛そうな様子を見て、とても親近感が湧いてきた。

身体にいっぱいいっぱいのムリをさせたためだろうか
私はリタイヤした途端、激しい疲労を感じた。
本当はすぐに寝てはいけないのだけれど、
(高山病の場合は動き回る方がいい)
私は横たわって身体を休めた。
着替える気力も、身体を拭う元気もなかった。
悶々とした気持ちのまま、私は長い夜を過ごした。
本当にふとその考えが頭を過ぎった。

もう山は止めてしまおうか・・・・

そのくらい富士山での敗退はショックだった。
昨年の松島ハーフのDNFよりもショックが大きかったのだ。

時間が経ってから、その時を振り返るのもいいですね。
今年は御嶽山でも体調不良に陥ったりしましたから、
この敗退で私はスッカリ自信を喪失してしまっていたのです。
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