ニャン家族が増えました!眷属4ニャンと暮らすねこまた女の徒然です。
| Login |
2016年09月18日 (日) | 編集 |
皆様、こんばんは。トマシーナです。
シルバーウィークをいかがお過ごしでしょうか
せっかくの三連休ですが、日本列島は台風の影響で、
スッキリ爽やかなお天気とは参りませんね

そんな中、私は本日ある講座を受けに、岐阜まで行っておりました。
愛知県の開業カウンセラーと云えばこの方と必ずお名前があがる
竹内成彦先生のお話を聴くためです
実は産業カウンセラー講座を受講していた当時から,、
私は竹内先生のブログを読んでおりまして、
一度どうしてもお会いしたかったのです。
結論から先に申し上げますと、非常に勉強になりました。

先生がご自分の体験を踏まえてご説明された、
内因性のうつ病者の苦しみ・・・・私はこれに関してまるで無知でした。
うつ病と云うと、何らかのストレスが原因で発症すると考えてしまいがちですが、
内因性のうつ病の場合、特にストレスなどなくとも、
いきなり発症するのだそうです
生まれ落ちた瞬間から、内因性のうつ病であることもあるなんて・・・・
思い当たる原因がなく、症状に悩まされる苦しみは、
想像を絶するものなのだろうと感じました。

うつ病患者の方の激しい絶望感(3つの闇)についても、
これはどうしようもなく苦しいだろうと思いました。
今まで生きてきていい事などなかった(過去も真っ暗)、
これからの未来に何の希望もない(未来も真っ暗)、
そんな自分は生きていても仕方がない(存在も真っ暗)・・・・
こんな気持ちにとらわれてしまうそうです。
だから希死念慮を抱えることになるのですが、
この希死念慮も私が想像していたものとちょっと違いました。
死にたいという願望ではなく、
生きていけないから、死ぬしかない
・・・・それが希死念慮。
これに比べると自殺願望は言葉が適切ではないかもしれませんが、
まだまだ甘い感じがします。
自殺願望は誰もが発作的に抱く可能性がありますが、
希死念慮はうつ病の症状ということでしょうか
私は自殺願望と希死念慮の違いすら分かっていなかった・・・・
とちょっと凹みました

他にもいろいろ書き記しておきたいことがありますが、
本日はこれくらいで終わりにします。
自分が何が分かっていなかったのか
それが分かったことが非常に大きな収穫でした。
明日も竹内先生の講座のことを書きたいと思います。

にほんブログ村


人気ブログランキングへ

スポンサーサイト

2016年08月19日 (金) | 編集 |
親との関係に悩まない人は、
きっとひとりもいないんだろうなぁ~って思う。


少なくとも私はずーっと悩み続けていた。
私はカウンセリングを学んでいる。
だから機会をとらえては講座などに参加してきた。
カウンセリングの講座だから、
普段は心に閉まっている気持ちを、
私はついつい口に出してしまう。
口に出せるようになったのは、
自分としてはかなりの進歩だと思っている。
以前の私はその気持ちに鍵をかけてしまっていたから。
つい口に出した言葉は、カウンセラーの方々には、
非常に深刻に感じられるらしく、
何度か開業カウンセラーの方に名刺をいただいた。
カウンセリングを受けに来てくださいってこと
私は身体もそうなんだけど、かなり深刻なダメージであっても、
あまりそう感じていないことが多く、結構重症化させる。
おそらく・・・・

感じていないのではなく、
感じないようにするクセが
付いてしまっているのだ


その事実を認めるまでに要した時間は、
とてつもなく長かった
それを認めることが出来てようやく、
私はカウンセリングを学ぶ資格を得たのかもしれない。

前置きが長くなってしまったけれど、
私が親との関係に悩んだのは、
親が私にとってドリームキラーであったからでしょう。
親が良かれと思って云った言葉が、
いちいち私の可能性を潰す言葉だったから。
私のやることなすことに批判的な親、
自分の思うとおりに振る舞わないと不機嫌になる親・・・・
私はだんだんと自分の本当の気持ちを云わないようになり、
やりたいことを自ら禁じるように育っていきました。

最終的に私は親の思うとおりにはなりませんでした。
いつドロップアウトしたのかは分かりません。
未だに親の顔色をうかがうところはありますけどね。
ちょっと告白ですが、私がスカートを履かなくなったのも、
髪を短くするようになったのも、
親の望む自分から逃れるためでした。
でも、最近またスカートを履くようになりましたし、
(だってパンツだと暑いんだもん
髪はかなり長くなりました
(ヘアドネーションのために伸ばしてます

実はこの日曜日から始まる講座の件、
両親はまったく知りません
云う必要もないだろうし、反対されても受けるから。
私がなんで勉強を続けているのか、
母は特に理解していないでしょうし、
お金にならない勉強なんてナンセンスと、
考えていることも知っています。
でも、私の人生にとって大切なことだから。
少なくとも今そう思っているから、
だから私は前に進むのです。

とりとめのない文章を書いてしまってすみません。
そして・・・・未だに宿題は出来ていません。
昨日はラン友と中津川のお山に行きました。
ラン友は大好きです
みんなユニークで、私に力をくれます。
取り敢えず楽しげな写真を一枚アップ
写真はラン友Mさんの撮影です。
元気いっぱい

そうそう、今日はTちゃんとナイトアクアリウムです
夏バテに悩まされたりしたけれど、夏を楽しんでおります。
宿題はきっと出来ると思います。
いい感じに自分を見つめられているから。
ただ、思いが拡散するので上手く文章に出来ませんけどね

にほんブログ村


人気ブログランキングへ

2016年06月03日 (金) | 編集 |
皆様、こんにちは。
今日も元気に朝ランしてきたトマシーナです
非常に爽やかな朝でした
今日も4キロばかりゆっくりと走りました。
13346860_1051604651600798_2891524127842329350_n.jpg

本当はもう少し距離を走ろうと思っていたのですが、
夜はZumba®Gold ズンバゴールドの体験レッスンがありますので、
ちょっと自重しました。
ズンバゴールド・・・・私はまたリズム感の無さを露呈するだろうな~

昨日はすっかり愚痴ブログになってしまってすみませんでした
未だに父とは口を利いておりません。
このまま会話をしなくなってしまう可能性もありますね。
今までは私が折れていましたが、
もう限界に達してしまったのかもしれません。
でも、それでは生活が成り立ちませんので、
私はセルフカウンセリングしています。

わたくし、このブログに何回も自分の怒りについて書いております。
昨年のある騒動なども、今思い返してみると私は怒りを感じていたのです。
でも、幼い時に怒りの感情を自ら封じてしまった私は、
怒りを健全な形で受け止めることが出来ません。
私にとって 怒ること=いけないこと だからです。
交流分析士でもある私は、自分が何の禁止令に縛られているのか、
かなり自覚しているのですが、自覚していても持て余しているのです。
そうと分かっていたとしても、癒やされていないからダメなのでしょう。
(私は感じるなという相当強烈な禁止令に縛られています。)

私が一番嫌なのは、一番怒りを感じるのは、
期待に応えることを強要されることです。
両親は私が手の掛からない子であることを望んでいました。
次兄が難しい病気であった事情もあります。
だから私は一貫して手の掛からない子どもでいました。
今思うと反抗期もなかったと思います。
(反抗する気持ちを自ら封じてしまったため)
まだまだ幼い時分は、それでも時々(淋しさから)癇癪を起こしました。
それに対して叱責されたため、私はそれさえもしなくなりました。
相手の期待に応えられるうちは、ヨカッたのかもしれません。
そのうちに父と母とでは、私に望む態度が違っていることが分かってきました。
20代~30代前半の私が、若干ワーカホリックだったのは、
仕事の場では望まれることが単純で分かりやすかったからでしょう。
でも、要求に応え続けることなど所詮ムリでした。
私が自身のメンタルに、ようやく問題を感じ始めたのは、
35歳を過ぎた頃でした。

昨日、私の尊敬する古宮昇先生が、うつ病について書かれていました。
それを読みながら、自分のことについて考えていました。
先生はドクター・ディマティーニのあるアドバイスを記していました。
以下はその引用です。

ドクターディマティーニは、
「うつは病気ではない」と言います。

うつは病気ではなく、
「自分にとって本当に大切なことを
おろそかにして生きていますよ」
と教えてくれるメッセンジャー。


<引用終わり>

勿論うつ病はれっきとした脳の病気です。
何らかの原因で、脳内の神経伝達物質のバランスが崩れることにより、
うつ症状が発現すると云われています。
(「うつは心の風邪」ということがよく云われます。
うつ病に対する偏見を失くしたり、早期の受診を促すのに、
非常に有効だったそうですが、今はこの言葉の弊害も云われています)
そういう事実を承知の上で、引用の言葉が心に響くのは、
うつ病というは結局過剰適応の結果である
と私自身が考えているからです。
(精神科医 斎藤環先生も うつは適応の病である と著書の中で云っておられます)
社会とか周囲が望む自分、
そういう自分でいられなくなった時、
過剰なストレスとなり、
結果脳内の神経伝達物質のバランスを崩してしまう・・・・

そう私は考えています。
他者の要求する自分ではなく、
自分にとって本当に大切なものを尊重して生きる
言い換えれば自律して生きている時、
人は幸せを感じるのだと思うのです。
そして、自分を大切にする人は、他者も大切にします。
私は要求に応え続けていた時、他者に結構腹を立てていました。
多分自分と同じように(要求に応える)ことを、
他者に知らず知らずに求めていたのでしょう。
でも、それっておかしなことですよね
自分と同じように、他者にも自分を尊重する権利があるのですから。

すみません
いろいろ考えていたら、くどくどと書いてしまいました
お口直しに陽夏ちゃんの大きいお腹をご覧ください
日曜日に10回ほど嘔吐して、大変だったんですよぉ~
翌日はケロッとしていたのですが、念のため獣医さんへ。
多分、食あたりか胃痙攣だろうと云われました。
体重は病院計測で3.6キロ・・・・
小柄なのに体重が多過ぎです
せめて3.2キロだね。ダイエットさせないと~
13221341_1044041529023777_5263208867771111179_o.jpg

まだまだ私にはカウンセリングが必要ですね。
父とは適当な時期に仲直りします。

にほんブログ村


人気ブログランキングへ

2016年04月30日 (土) | 編集 |
皆様こんばんは、トマシーナです。
皆様はゴールデンウィーク2日目をいかが過ごされましたか
私は以前から予定していた、先輩カウンセラーの講座に行って参りました
最近ちらほらネット上で見かけるようになった
アンゲームを体験してきたんですよ
皆さん、アンゲームってご存知でしたか
私はそれこそ1ヶ月くらい前に初めて知りました。
元々はアメリカで開発されたコミュニケーションツールだったようですね。
ゲームじゃないって名前どおりで、まったくゲームではありません。
私はゲームと云う形式を借りたグループカウンセリング、
或いはゲームと云う形式を借りた相互理解ツールと感じました。
カウンセリングに抵抗がある方、人と話すことが苦手な方、
そういう方にいいんだろうなぁ~って思いました。

ボードゲームの形式を借りているので、参加者は順番にサイコロを振ります。
サイコロを振るのって久しぶりだったから、ちょっとワクワクドキドキ(笑)
参加者はそれぞれ自分の駒を決めるんですが、私は自分の干支に因み、
ニワトリの駒にしました。
サイコロの目の分だけ、駒を進めてアンゲームのマスだったら、
ボードの中央に置かれているカードを引きます。
そこに書かれている質問に答えるというものなんですが、
なんとなーく楽しいのです。
でね、他の参加者が質問に対して答えている時、
それに対して一切コメントってのはしないんですよね。
軽~く相槌を打ったり、合いの手を入れたりするくらいなのです。
不思議なことに自分の順番が回ってくるのが、
とっても待ち遠しくなってきます。
なんか話したくなってくるんですね。
あと人の話を黙って聞くってこと、
これって案外普段の生活でしていませんよね
そのことに気が付く人も多いのではないかと思います。
自分がいかに人の話を適当に聞いていたか
がなんとなーく分かってきます。
私は合計5枚のカードを引きましたが、ある質問はパスしました。
ちょっと生々し過ぎる内容だったので話せませんでした。
パスも出来るのでそういう安心感もありますね。
アンゲームで話された内容は、参加者全員が
守秘義務を負っています。
だからみんなが安心して自己開示が出来ます。

私も守秘義務を負っていますので、
他の参加者がお話しされたことについては一切書きません。
ですが、自分があるカードに対して出した答えについて、
ちょっと自分でも感動したので、ココに書き記しておきます。
自分自身のことですから、これは守秘義務違反になりませんのでね
生まれ変わったら何になりたいか
そういう他愛もない質問でした。その質問に私は自分でも意外でしたが、
私は私以外の何者にもなりたくない と答えました。
少しずつだけれど、亀の歩みだけれど、
私は私を受け入れられるようになってきているのかも
そういう意外な驚きがあったゴールデンウィークの2日目でした。

今日で4月はおしまいですね。
4月は結構忙しく過ごしました。
忙しい中、本当に久しぶりにブログをしっかり更新出来ました。
いろいろありましたが、充実した1ヶ月でした。
5月もこんな感じで行けたらいいなぁ~って思います。
4月は体調不良でほとんど走れませんでしたので、
5月はちょっと頑張って走りたいですね。
出来れば朝ランを復活したい
早起きする自信がないのがツラいけどね

にほんブログ村


人気ブログランキングへ

2015年06月26日 (金) | 編集 |
今日はちょっとひとりごと。
今頃になって数年前の出来事が腑に落ちた。
彼女が何に傷付き、何に激しい怒りを感じたのかが分かった気がした。
彼女はただ単に受け止めて欲しかっただけなんだ。
無条件の共感的理解、それが欲しかったんだね。
それを求めた相手に、批判がましく意見を云われた・・・・
云われた内容というよりも、その態度に傷付き、
何故無条件に受け止めてくれないのか
そういう激しい怒りを感じたんだ。
その当時の私にはそれが見えていなかった。

無条件の共感的理解
産業カウンセラー講座で嫌と云うほど耳にした言葉。
言葉で云うのはとっても簡単だけれど、
それがどういうことなのか
私にはまだまだ分からない。
でも、数年前の出来事が今分かったというのは、
とても大切なことなのかもしれない。
(私の中で腑に落ちたというだけで、正しくそのとおりなのかは
当事者である彼女に聴いてみないと分からない。
残念ながら彼女との縁は切れているので、確かめる術はない。)

ご心配をお掛けした茶々丸ですが、順調にオシッコが出ております。
消炎剤の投与は中止しましたが、抗生剤は毎日のんでいます。
お薬をのむのが、とっても上手になりました

お久しぶりのチョロ&トマ
チョロがいた頃は、トマも甘ったれでした。
無邪気な顔でしたよね。
晩年の彼女を思うと、今でも胸が痛みます。
辛い闘病生活でした。
2010_0509夏は来ぬ0015

2010_0509夏は来ぬ0016

因みにこの2枚の写真ですが、トマは掃除機にビビッています
コワいのでチョロ姉さまにひっつきにいったのです(笑)
にほんブログ村 猫ブログ 猫 MIX多頭飼いへ
にほんブログ村


人気ブログランキングへ

2015年06月01日 (月) | 編集 |
6月になった

さて、今年は梅雨らしい梅雨の季節になるのだろうか
先月は私にとって、ラン仲間と楽しく走らせていただいた月でもあったし、
自分の至らなさについて、かなり反省した月でもあった。
心に大きな傷を負ったけれど、それについてはもう問題ない(と思う)。
私の先生がいった言葉が忘れられない。

人は傷付いて気付く

何らかの代償がなければ、得るものもないということでしょうね。
NHKの連続テレビ小説【まれ】で、主人公の希(まれ)ちゃんも云われてますよね。

何かを得るためには、何かを捨てなければならない

自分に置き換えてみても、確かにそうだなぁ~って思いました。
私が特に何かを捨てたわけではありませんけどね。
ただ、傷付いたことにより、少し以前より気付けたと思います。
何に気付けたかというと・・・・

自分にもまだまだカウンセリングが必要
心の傷がまだ癒されたと云い難い状態にある


ことです。心の傷が癒されていなければ、
私自身が誰かのカウンセリングをすることは難しいでしょうね。
相変わらず相手の感情に対する恐れもあるし、
湧き上がってくる自分の感情に対する恐れもあります。
カウンセリングという行為は、クライエントとのみならず、
カウンセラー自身の心のブラックボックスが開いてしまいますから。
自分の心の痛みを癒していなければ、
相手の感情に共振するだけになってしまうでしょう。

無条件に自分の存在を受容された
という経験がないのは辛いものです。
受容されたいがために、どれだけ人に認められようとしてきたことか・・・・。
でも、それは自分の人生を自律的に生きていると云えません。
結局息苦しさを覚え、深い悲しみや失望を味わうことになります。
どんな嘘よりも、自分が自分に付く嘘が一番ダメージが大きいのですよね。

私信です。
晃司さん、コメントありがとうございます
ゲシュタルトの祈りに共感してくださって、ありがとうございます。
この詩は、ゲシュタルトセラピーの創始者である、
フレデリック・パールズ博士が、そのセラピーの思想を盛り込んだものです。
私自身は自己受容の大切さ、もう少し噛み砕いて言うならば、
自分らしく生きることの大切さを、この詩が教えてくれていると思っています。
自己受容があって初めて、人は他者に対して共感的理解が出来る、
そのようにも考えております。
息苦しさを感じていらっしゃるならば、リンクにある私の尊敬する先輩のブログ
お訪ねしてみてくださいませ。心が軽くなると思いますよ

残念ながら、金沢マラソンの抽選に外れました。
やっぱりクジ運が悪い私でした
にほんブログ村 猫ブログ 猫 MIX多頭飼いへ
にほんブログ村


人気ブログランキングへ

2015年05月27日 (水) | 編集 |
やっぱりこの詩には救われる。
このブログでこの詩を紹介するのは、
多分3度目だと思う。
それくらいこの詩が大好きだ。
何故って救いがあるからですよ。

われはわが事をなさん
汝は汝のことをなせ
わが生くるは
汝の期待にそわんがために非ず
汝もまた
われの期待にそわんとて生くるに非ず
汝は汝、われはわれなり
されど、我らの心
たまたまふれあうことあらば
それにこしたことなし
もし心通わざれば
それもせんかたなし


人の気に入るように生きているわけじゃないもんねぇ~。
自分の人生を生きる大切さ、
初心に返ってもう一度噛みしめてみよう。
自分を大切に出来る人にしか、
他者を尊重出来ないのかもしれないと思う。
私は自分を大切にしていなかったのかもね。

上記は國分康孝先生の荘重な文語体の訳。
今回はちょっとイタズラ心を出して、
こんな風に書いてみる

私は私の事をやっているの
貴方は貴方の事をやればいいじゃない
私が生きているのはね
貴方の期待に応えるためじゃないの
貴方だってそう
私の期待に応えるために生きているわけじゃないでしょ
貴方は貴方だし、私は私なの
それでも私たちの心の通じ合うならさ
それはとっても素晴らしいことだよね
もしも心が通じ合わないとしても
それも仕方がないんじゃないのかな
(だって私たちは所詮別々の人間なんだからさ)


ロジネコで心が解き放たれたかな
やっとブログが書けるようになりました
うん、ヨカッタヨカッタ

プロフィール画像をもりわじんさんに
描いていただいた似猫絵に変更してみました。
あとプロフィールも変更。
そうなんですよぉ~
今の目標は全都道府県の大会を走ることなんです
13904735_246246908480.jpg

皆さん、いろいろありがとうございました
にほんブログ村 猫ブログ 猫 MIX多頭飼いへ
にほんブログ村


人気ブログランキングへ

2015年02月19日 (木) | 編集 |
縁というのは本当に不思議なものだ・・・・とつくづく思う。

SNSでまたまたステキなご縁があった。
尊敬してやまない古宮昇先生から、なんとお友だち申請を頂戴した
先日書いたつながる不思議先輩カウンセラーNさんが、
古宮先生の講義や勉強会に誘ってくださったのが、先生を知るキッカケ。
私は先生の講義に参加して、初めて傾聴ということが少しだけ分かった。
頭ではなく腹で分かったように感じた。
その後いろいろ勉強して、私は自分という人間の意外な一面を知った。
私が思っていた私は、多分本当の私ではないという事を。
本当じゃない自分というと少し言い過ぎかな・・・・。
アナ雪じゃないけれど、ありのままの自分ではない
と言った方がよりシックリ来るかなぁ~。

私は三人兄妹の末っ子、上は兄ふたり。
次兄が難しい病気であったため、
私は常に手の掛からない子でなければならなかった
そうしないと親に愛されない・・・・幼い私はそう思ったのかもしれない。
勿論決してそうでなければならなかったわけではないのだが、
私の記憶のある出来事が、この幼稚な決断を補強してしまった。
その後の私は、一貫して手の掛からない人間を演じ続ける。
特に問題だったのは、自分の感情を巧みに誤魔化すことだった。
怒りとか悲しみは、私の中でなかったことになった。
これが後々メンタルの不安定を招くんだけどね

経験者は語るじゃないけれど、嘘はやっぱり良くない
特に自分に対する嘘は良くない・・・・と思う。
私が強烈な承認欲求の持ち主であった事実は、以前にもちょっと書いた。
その承認欲求がほぼなくなったのは、カウンセリングを勉強したおかげだ。
私は承認されないと不安だった。
承認されるために、ムリをし続けて疲れた。
その思い込みは、今でも私を時々苦しめる。
でも、以前に比べたら私は柔軟に楽に生きている。

~ねばならない という呪縛は人を苦しめる。
~でもいいんだ という赦しは人を自律させる。


それが分かっただけでも、学びには価値がある。
いろいろあって、私は学びをお休みしていたけれど、
昨年から少しずつ学びの場に復帰している。
多分、私は一生涯学び続けると思う。
何かが分かってくる というのは楽しいことなのだ

本日のオマケ(^^)
まだナイスバティだった頃の田実ちゃま
今はご立派にコデブられています
2010_1114トマシーナファミリー0019

この写真はチョロと田実のツーショット。
左がチョロ、右が田実。
2010_1207富士山0218

懐かしい写真です。
そして、とても愛らしい写真です。
2010_1207富士山0217

昨日、父イサナの介護更新認定は無事に終了いたしました。
おそらく今まで同様、要介護1の認定となるでしょう。
たまたまいらっしゃった認定員のDさんは、3ニャンのお母さん(^^)
動作もゆったりとされていて、話しぶりも穏やかな方だったので、
チキンな田実ちゃまも最後の方で、隠れ場所から出てきました。
私に抱っこされて、Dさんを真面目なお顔で見つめていました(笑)
偶然、Dさんの愛猫とトマの通っていた病院も一緒でした。
面白いご縁ですよね。因みに現在のケアマネさんも猫好きです。
そしてマッサージをお願いしている方も、猫さん大好きです。
よくよく猫好きに縁があるトマシーナ家なのです(大笑)
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村


人気ブログランキングへ