ニャン家族が増えました!眷属4ニャンと暮らすねこまた女の徒然です。
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小さな恋のものがたり
2014年07月15日 (火) | 編集 |
小さな恋のものがたりをご存知だろうか

年齢を重ねていくと、人はどんどん劣化していく・・・・部分もある。
一方、年齢を重ねないと分らないこともある。
懐かしい・・・・という想いは、年齢を重ねないと分らない。
ただ単に懐かしいというだけの想いなら若くともある程度分る。
でも、身に沁みて懐かしい、ただひたすらに懐かしい、
くるおしいくらいに懐かしい、それを想うと自然と涙するともなると、
ある程度年齢を重ねないと分らないように思う。

昨晩、突然にあるマンガを想い出した。
幼い私を可愛がってくれた近所のI山さんのおばちゃん、
そのおばちゃんが私に貸してくれたマンガ本。
それが突然に懐かしく想い出された。
あのマンガ、今でも出版されているのかな・・・・
そう思ったら気になって仕方がなくなり、
寝床の中でスマホを操り調べだした。
みつはしちかこ先生はご存命で、マンガもまだ出版され続けていた。
70代の先生はブログ【小さな恋のダイアリー】もやられている。
ホームページ【みつはしちかこ 公式サイト】もあった。
ツイッターもアカウントがあったので、早速フォローした(笑)
現在【小さな恋のものがたり】
第42集(このマンガは巻という言い方をしない)まで出版されている。
大人買いしようか迷うところだ(大笑)

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ノッポ(死語?)のサリーと、小柄なチッチの恋ものがたり
あの甘酸っぱい恋ものがたりが、懐かしくなったのは何故だろう。
マンガ本にはたくさんの詩もあったよなぁ~。
面白いマンガであると同時に、心の奥底にある柔らかい部分に、
静かに静かに訴えかけてくる叙情性もあった。
だからこそ、無性に懐かしく想い出されたのだろうか。

今の私にはサリーのようなステキな恋人はいない。
過去にもいなかったかな
懐かしいという想いが分る男性だったら、
きっと一緒に暮らしていける気がするんだけど、
年収とか外見の条件より難しいよね。
あと動物が好きな人がいいなぁ~
四十路のおばさんになると、条件がめんどうになるのよね(笑)
(だからなかなか恋人が出来ないのかしらぁ~

いつかこの子たちも懐かしい想い出の一部になるんだろうね・・・・。
別れは辛いけれど、置いていくのはもっと辛い。
何より残されたこの子たちが、淋しい思いをするだろう。
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どんなに願ったとしても、時をとどめることは誰にも出来ない。
だから一瞬一瞬を懸命に生きるんだもんね。
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縁があってこうして一緒に暮らしている・・・・
それって考えてみればとてもステキなことだよね。
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時々厭世的な気分にとらわれたりもするけれど、
定められた時をきちんと生きていきたいと思う。
傍らにいろいろな想いを共にする存在があれば、
多少のことは辛抱できる。それが人であれ、猫であれね・・・・。
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3きょうだいの現在の様子をご覧くださいませ
シマクロ3きょうだいですが、クロオ君がお婿入り決定
そしてクロコちゃんとシマコちゃんも、トライアルが決定しました
シマクロ3きょうだいのお家探し
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ちょいと宣伝でぇ~す
我が家の3ニャンズも参加しまぁ~す
皆様、販売が開始されましたら、お買い上げよろしくです
まだ、カレンダー用の写真を撮ってないよぉ~
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昨日は疲れて暑中お見舞いが書けませんでした
今日は10枚くらい書きたいけど、あいにくイサナの入浴介助が・・・・
あっそうそう、トマはとっても元気に過ごしていますよ
輸液で針を刺されると、ちょっとフッキーになりますけどね
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パン屋の思い出
2013年11月29日 (金) | 編集 |
本屋さんの平台は時代を反映する

ヒマがあれば本屋のハシゴする私は、いつもそう思う。
字が読めるようになってから、
あまり本を読まない時代もあったけれど、
常に私の傍らには本があった。

大好きなものは本とお酒と猫

大学の卒業アルバムに添えた言葉である。
本当は珈琲も加えたかったのだが、語呂が悪いのでやめた(笑)

とにかく私は本屋に通い続け、平台を見続けてきた。
平台に並ぶ本の雰囲気は驚くほど変わった。
ミステリーの分野だと分りやすいかもしれない。
猟奇的犯罪を扱った翻訳物は極端に減り、
可愛らしい装丁のコージーミステリーや
日常の謎系ミステリーにその場を譲った。
児童書にのみ多かったファンタジーは、
いつの間にか全世代が親しむものとなっていた。
妖怪物(しゃばけシリーズの功績は大きい)が、
ひとつの分野として確立されたのも、
大きな変化と言っていいだろう。

さて、『真夜中のパン屋さん』である。
昨日はシリーズ全巻を大人買いはしなかった。
2冊だけを購入して帰った。
私が『真夜中の~』に強く魅かれたのは・・・・
パン屋さんが大好きだから
というこれまた実に単純な理由
因みに私が好きなパンは、惣菜パンではなく所謂菓子パンである。

私は10歳まで仙台で暮らした。
宮城県沖地震が原因で、市内を3箇所転々としたのだが、
一番懐かしいのは生まれてから小学4年の1学期まで過ごしたN町。
その町にはたこ屋というベタな名前のパン屋さんがあった。
たこ屋の食パンは絶品だった。
長じていろいろなパン屋のパンを食べたけれど、
幼い時に親しんだ味は忘れがたく、未だに私の中ではナンバー1である。

あのたこ屋はどうなったのだろうか?
まだあの町にあるのだろうか?
気になってネットで検索してみたが、
蛸屋という和菓子屋がヒットしたのみ。
あのたこ屋と同じなのだろうか?
地図を見ても私には分らない。

N町は様変わりした。
昔ながらの商店街は姿を消し、
イマドキなショッピングモールとなったそうだ。
少し淋しいが仕方がない。
様変わりしたN町には、居場所がなくなった店も
多かっただろうと思う。
あのたこ屋もそのひとつであるかもしれない。

私が子どもの頃に好きだったのはクリームパン
茶々の毛色はクリームパンの色だね
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懐かしき味
2013年01月23日 (水) | 編集 |
木曽三川マラソンは河川敷を4周するコース、
当日の寒さが心配になった私は、ウィンドブレーカーを購入することにした。
ちょうど今はセールの時期、懐にも優しかろう
しかしウィンドブレーカー以外のものを、たくさん購入する結果となった・・・・

そこはあくまでも目的地に行くまでの通り道だった・・・・
でも目に入ってきちゃったんだなぁ~。

加賀百万石展 の素敵な文字が。。。

私にとって加賀や金沢は、ブログ友だちのゴンゾさんのイメージに直結する。
金沢にお住まいのゴンゾさんは、いつも素敵な物を贈ってくださる。
美味しいお茶や珈琲、お菓子、素敵な小物・・・・
雅な城下町にお住まいのゴンゾさんの選んでくださる物は、
ハイカラで洗練されていて素晴らしい。
金沢の町も人も物も、私にとっては同様なイメージである。
ハイカラで洗練されていて素晴らしい。
もうひとつ付け加えるのなら、しっとりとしている。

私が当初の目的を忘れて、加賀百万石展の会場に向かったのは、
以前ゴンゾさんにいただいた、加賀棒茶俵屋さんの飴が欲しかったから。
残念ながら俵屋さんの出展はなかった
棒茶は油谷製茶さんが出展されていたので真っ先にゲットした
毎日朝晩いただいておりますよっ

そして金沢と言えば、私が必ず購入するものがある。
私は10歳まで仙台で暮らしていた。
毎年夏になると、父方の祖父が名古屋から来てくれた。
その時に祖父が必ず持参するお土産があった。
金沢銘菓の柴舟・・・・生姜砂糖でコーティングされている反った小判型のお煎餅。
実は私はこのお煎餅が好きではなかった
子どもの舌は大人の舌より味蕾(味を感知する器官)が多い。
だから大人の今より、生姜の辛さをより強く感じてしまったのかな?

長じて私は子どもの頃に食べた物に、強く執着し好むようになった。
幼い頃に祖父がくれた柴舟、あれがどうにも懐かしくなり、
機会があればいろいろな店の物を購入している。
でも・・・・どの店の柴舟も祖父が買ってきてくれた物と違う気がするのである。
あの柴舟はもっと固くて辛かった・・・・

幼い頃と今では味覚が違っているだろうし、
お店も時代に合わせて味を変えていく・・・・
だからもう二度とあの味には巡りあえないのかもしれない。
でもね、私はそれでいいと思っているのです。
こうやってあの祖父の柴舟を探し続けている限り、
私の中で亡き祖父は生き続けるのだろうから。
そう思いつつ、私は珈琲を飲みながら柴舟を齧る。
祖父のとは違うけれど、どのお店の物もとても美味しい。

ウィンドブレーカーもちゃんと購入しましたよぉ~(^^)/
ゴンゾさんのブログも是非ご覧くださいね
金沢情緒溢れる素敵なブログ すみれっちと暮らす です
愛猫すみれちゃんがまた可愛いんだなぁ~
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別れの季節
2012年11月29日 (木) | 編集 |
11月は別れの季節

多分一生涯、私の中で11月は別れの季節だろう。
そのせいなのだろうか?
11月は気分も塞ぎがちだし、体調も良くはない。
何となく前向きになれない時期でもある。

もう4年も前になるんだね。あの悲しいお別れは・・・・。
2008年は私にとって、特にイヤな年だった。
可愛がってくれた伯母が逝き、ナナちゃんという猫さんとさようならした。
私自身も環境が激変し、とにかくストレスが多い年だった。
別れがあるから出会いもある・・・・そう思うことにしている。
ナナちゃんとはお別れしたけれど、
2年後の9月、茶々丸と田実に出会った。
愛らしいふたりを見るたびに、ナナちゃんを思う。

ナナちゃんはとても美しい子でした。
特にその緑の瞳は印象的
イサナにとても懐いておりました。
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コチラはY伯母の朝顔。
遅咲きの朝顔で、伯母が逝った11月中旬頃まで咲いている。
伯母からいただいたもので、この花が咲くと優しかった伯母を思い出す。
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Y伯母の命日は11月13日、次兄は11月17日、
ナナちゃんが我が家からお嫁入りしたのは11月19日でした。
そしてつい先日、すみれいろちゃん宅のココにゃんちゃんが・・・・

少し感傷的なブログになってしまい申し訳ありません。
もうその11月も終わりますね。
街はもうすっかりクリスマスですね。
たくさんの方々が楽しいクリスマスを過ごせることを願って!!
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色付く木々に思う
2012年11月19日 (月) | 編集 |
兄が亡くなったのは紅葉の時期だった

11月17日は次兄の命日でした。
あいにく一日中雨で、結局お墓参りが出来ませんでした。
兄が亡くなったのは昭和53年、もう34年も前のことになるのですね。
つい昨日のことのようにも思えるのに・・・・。
小さな兄の亡骸を荼毘にふした火葬場には、
美しく紅葉した木々がありました。
木々は文字どおり紅に染まっていたのです。
小さな兄の亡骸は、そこでやはり小さなお骨となって戻ってきました。
紅く染まった木を眺めるたびに、心が激しく揺すぶられるのは、
この時の記憶のせいでしょうか?

次兄です。私たち兄妹は顔がよく似ています
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次兄は難病でした。
全国的に有名な国立西多賀病院の筋ジス病棟に入院していました。
兄が旅立った日はとてもとても寒い日でした。
紅く色付く木々は、私にとって兄の思い出と直結しているのです。
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八甲田山 死の彷徨
2012年09月21日 (金) | 編集 |
八甲田山には思い出がある。



私がまだ小学生だった頃、邦画はパンチがある作品が多かったように思う。
と言っても映画など観に行ったことはなかったけれど。
それなのに強い印象があるのは、映画のキャッチコピーが鮮烈だったからだろう。
映画【八甲田山】のキャッチコピーは憶えていない。
憶えているのは、北大路欣也さんの台詞である。

「天は我々を見放した」

映画は今に至るまで観ていないけれど、この台詞は何度も耳にした。
まだ若かった北大路さんは、その頃から非常に上手な役者さんだった。
その悲壮な台詞は、子どもの心にもズシン!と響いたのだ。

私は【八甲田山】を観ていないけれど、亡くなった次兄は映画館で観た。
そしてその内容の一部を、私に話して聞かせてくれた。
兄の話は非常に断片的だったけれど、それも強い印象を残した。
兄の話した内容は、おしっこ に関するものだった

手袋を借りてした兵隊さんは助かって、
そうしなかった兵隊さんは死んだんだぞ!


いまだに映画を観ていないので、兄がどういう事を言っていたのかは?である。
でも私はその兄の断片的な話で、映画の壮絶な内容を理解したのだから不思議である。
実際、原作にもその種の記述がある。
凍傷に罹患し指を思うように使えなくなった兵士は、そのまま垂れ流し、
それが故に体の芯を冷やして疲労凍死していくのだ。
哀れで読んでいても辛かった。

私が10歳の時、兄はあの世へと旅立った。
本が好きだった私は、いつか【八甲田山 死の彷徨】を読みたいと思っていた。
43歳になってようやく読めた。
遭難の経緯はあくまでも淡々と語られる。
それがかえってこの出来事の悲惨さを感じさせた。
雪中行軍に参加した青森第5連隊の210名中、生存者は僅かに11名。
199名が尊い命を犠牲にした。
いつか八甲田山に登ってみたい。
そして彼らの慰霊碑に花を手向けたい、私はそう思った。

ここまで書いてきて、ふと思った。
この記事のカテゴリは何にしよう?
山♪にすべきか?はたまた思い出にするべきか?
八甲田山に登ったことはないから、やはり兄との思い出を取ろう。

因みに八甲田山という単独峰はない。
八甲田山系という火山群の総称が八甲田山で、
百名山になっているのは、最高峰である大岳(1584m)である。

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メモリー
2012年09月04日 (火) | 編集 |
メモリーペンダントを制作していただきました。
今日はそのご紹介です。
とっても素敵なんですよ。


こちらはチョロ女王さまのメモリーペンダント。
ペンダントトップの中に、チョロの遺毛が入っています。
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そしてこちらが、チョロの妹分のポンのメモリーペンダントです。
同じくペンダントトップの中は、ポンの遺毛が入れてあります。
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制作してくださったのは、しるばーまーちさんです(*^_^*)
ふたりのキャラを象徴するようなイラストを書いてもらおうと、
ないアタマでいろいろと考えました。
なかなか思いつかないものですよね。
で、最終的に女王様キャラだったチョロはティアラを、
癒し系キャラだったポンは四つ葉のクローバーをデザイン化していただきました。
とっても素敵にでき、非常に満足しています。
この夏は随分とふたりを連れ歩きましたよ

最近庭の写真を撮っていて思ったのですが、
ふたりをお花に喩えると・・・・
凛としていたチョロには桔梗
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ほんわかとして優しかったポンは秋桜
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なんて思ったんですが、皆様いかかでしょうか?
因みに私は亡き祖父に、ヒナギクの花に喩えられました。
小学生の時のことです。
今だったら、祖父は何に喩えてくれたかなぁ~。

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いとおしい
2011年03月15日 (火) | 編集 |
大分以前のこと。
ある知人にこう質問された。

トマシーナさんは、どうして動物愛護に目覚めたの?

この質問をされて、実はとっても驚いた。
私は自分が動物愛護の活動をしていると、全く思っていなかったし、
今でも全く思っていない。
若干勘違いされているのだが、猫さんのボランティアをしているわけでもない。
以前ちょっとだけ係ったけれど、基本は猫さんの同居人というだけ。

ただ昨日も書いたけれど、私は宮城県沖地震を経験し、
その当時子どもだったけれど、子どもなりに思ったことがあった。
災害に遭った時、私が真っ先にしたこと。
それはすぐ傍にある生命、その安否確認と救出だった。
だってどんなに小さな生命だっていとおしいじゃない。
救いたいと思うじゃない。
多分誰だってそう思うよ。

今回の地震でもたくさんの方が、小さな生命と共に避難された。
皆さんの気持ち、とってもよく分る。
持ち出さなきゃ!と思ったのは、お金とかじゃなかったんだよね。
いつも傍にいる小さな小さな生命だったんだよね。

被災されたたくさんの方々に、心よりお見舞い申し上げます。
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